行儀のよい子ども

先月、第三子となる女の子を出産しました。
これを機に、聖書的な育児について
学び直してみよう!とある本を読み返してみました。
世界的に有名なテッドトリップ氏の
「聖書が教える親と子のコミュニケーション」です。
その一文をご紹介します。

「行儀の良い子どもを育てることについてはどうでしょう。

 ただ礼儀作法を身につけさせればよいというアプローチの

仕方をしてはなりません。それは単に、社会の中で周りを

上手に操り、うまく立ち回るための方法に過ぎないからです。

聖書的な観点から見るなら、礼儀作法は隣人を自分と

同じように愛しなさいという神からの命令を実行し、

表現するためのものなのです。

それはピリピ2章に記されているような、ご自身を

捧げるイエスの姿勢をまねることなのです。

「お願いします」「ありがとうございます」といった

言葉を、相手の益のために言うなら、それは聖書的な

愛の表現となります。

(中略)

良い態度とは、使徒パウロが、テモテの中に見た貴重な

性質に根ざすものです。」

この文面をみて、ドキっとさせられました。

結婚して子どもが産まれてから
「マナー」や「常識」「人に迷惑を
かけないこと」ということをとても
気にするようになった気がします。

躾が厳しくなく自由奔放に育ったが故に
成人してから痛い目や恥ずかしい思いを
した自分へのコンプレックスも相まって
かもしれません。

同時に、心のどこかに「クリスチャンホーム
なんだし、ちゃんとしなきゃ!」とか
何か問題があった時に「あんな親がホームスクール
してるからじゃない?」なんて思われるのが
怖かったんじゃないかと思います。

もちろんいつもこのような動機ではありませんが
人からの非難や拒絶をうけることが怖い、という
心が子ども達への厳しい(?)躾の動機付けに
なっていることも多いかも!?と気がつかされました。

人の目をおそれ、また人からの賞賛をうける
ために子ども達(自分の態度も)によい態度を
強制させることは、神様が喜ばれるものじゃないんですよね。

正しい動機と目的をもって、子ども達を導いて
いくことができますように・・・!